どんなゲーム?
- 最初から最後まで、史実どおり。備中足守(いまの岡山市)の藩士の家に生まれ、8歳で天然痘にかかった体の弱い少年・騂之助。大坂と江戸で蘭学を学び、長崎にも遊学して、29歳で大坂に蘭学塾「適塾」をひらきます。除痘館で種痘を広め、コレラの流行には手引き書を書いて配り、最後は幕府にまねかれて江戸へ。緒方洪庵の54年を、ファミコン風のドット絵でたどります。
- ミニゲームで、洪庵の仕事を体験。第四章では、ヅーフ部屋で塾生になってオランダ語の単語を訳す「会読」に挑戦。採点は適塾と同じ○と●です。第五章では、牛痘の苗を子どもから子どもへ植えつなぐ「苗リレー」。水ぶくれがちょうどよくなった、その日をねらってつなぎます。終章では、適塾の姓名録から塾生をひもときます。
- 敵は、病と心の「ムシ」。顕微鏡のレンズの中にあらわれる「ヨワキ」「ウタガイ」「ウワサ」「オビエ」……。種痘を受けると牛になる、という当時のうわさや、コロリ(コレラ)への恐怖と、言葉で向きあいます。各章には、オランダ語から日本語に入った「ことば」がかくれています。
緒方洪庵ってどんな人?
緒方洪庵(おがた こうあん/1810〜1863)は、備中国足守藩(いまの岡山市北区足守)の藩士・佐伯瀬左衛門の三男として生まれた蘭方医・蘭学者です。大坂の中天游、江戸の坪井信道・宇田川玄真に学び、長崎にも遊学したのち、1838年に大坂で蘭学塾「適塾」をひらきました。
1849年には大坂に除痘館をひらいて牛痘種痘を広め、1858年のコレラ流行では、わずか数日で治療の手引き書『虎狼痢治準』を書いて医者たちに配りました。適塾からは福沢諭吉、大村益次郎、橋本左内、長与専斎、佐野常民など、のちの日本を支える人びとが巣立っています。1862年に幕府の奥医師・西洋医学所頭取として江戸にまねかれ、翌年54歳で亡くなりました。
全8章
- 序章足守の騂之助1810〜1825年 備中・足守
- 第一章大坂の蘭学1825〜1830年 大坂
- 第二章江戸と長崎1831〜1838年 江戸・長崎
- 第三章適塾をひらく1838〜1845年 大坂・瓦町
- 第四章ヅーフ部屋1846〜1857年 大坂・過書町
- 第五章除痘館1849〜1858年 大坂・古手町
- 第六章人のために1857〜1858年 大坂
- 終章いのちを、つなぐ1862〜1863年 大坂・江戸
3つのミニゲーム
会読ヅーフ部屋で、オランダ語の単語を訳す。○と●で採点。
苗リレー牛痘の苗を、5人の子どもへ植えつなぐ。早すぎても遅すぎてもだめ。
姓名録適塾から巣立った塾生たちをひもとき、クイズに答える。
あそびかた
- 時間
- 全部で約1時間。章ごとに記録されるので、少しずつ遊べます。
- 操作
- 十字キーで移動、Aで話す・決める、Bでメニュー(どうぐ・わざ・せってい)。
- ふりがな
- 会話や選択肢にふりがなを付けられます。はじめに選べて、Bメニューの「せってい」でいつでも切りかえられます。
- あそびかた
- 「じっくり」はバトルで言葉を選びます。「かんたん」は効く返し方に★が付きます。「おはなしだけ」はバトルなしで物語を読めます。
- 10問テスト
- タイトルのメニューから、お話をふりかえる10問テストに挑戦できます。
- 図鑑
- 出会った人物と、ことば・もの(適塾、ヅーフ部屋、除痘館、扶氏医戒之略など)が図鑑にたまっていきます。
史実の部分は資料で確かめられた範囲で描き、伝承や説はゲーム内でもそれとわかるようにしています。根拠にした資料と、史実・伝承・創作の区別は参考資料ページにまとめています。セーブはお使いのブラウザに保存されます。
ゆかりの地をたずねる
- 適塾大阪市中央区北浜。洪庵が1845年に移った過書町の塾の建物が、いまも残ります。国の重要文化財で、中を見学できます。
- 除痘館記念資料室大阪市中央区今橋。除痘館の歩みを伝える資料室です。
- 足守岡山市北区足守。洪庵が生まれた、足守藩の陣屋町。